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2020.06.02

ロクニの日

 せっかくブログを書くのであれば、何か参考になる内容を書こうと思っていたら6月になってしまいました。案の定、参考になりそうな話は書けませんので、とりあえずは生存報告を兼ねた更新です。

 本日は6月2日、語呂合わせでロクニの日です。ロクニと言えばC62では無くEF62と答えるほど好きな車両ながら、真面目に撮影した写真がほとんど無いのは困ったものです(大汗)。

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今回は再掲ながら里に下りたばかりのEF62-24です。いまだにSNS上で、東海道本線でのEF62は「故障ばかりで使い物にならなかった」と書かれているのを見ると情けなく感じます。実際には、当初は確かに故障が多かったものの、その後は現場検修陣の技術によって下関に配置されていたEF66よりも故障が少なく安定した機関車になったと、当時の下関区の記録や近年発刊の『電気機関車EX』に証言が残っています。大昔に読んだ記事の記憶だけに固執して新たな情報を上書きできない老害にはなりたくないものですなぁ。

 

 ロクニと言えばもう1つ、ED62も忘れられない機関車です。飯田線のED18・ED19の置き換えとしてED61から改造され、国鉄がJRになった後にも飯田線内の貨物列車が無くなるまで動いていました。

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撮影したのは1993年なので、旧型国電が消え去っただけでなく国鉄もJRに変わった後でした。それすらも27年前ですから随分と時間が経ってしまいました。ありがたい事に今でもYoutubeに走行動画が多数UPされていますので、機会がある毎に閲覧して当時を懐かしんでいます。

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この頃の貨物列車は既に元善光寺へのセメントや七久保への石油などの専貨ばかりだったものの、線内の両数制限から短い編成ばかりの貨物列車が何往復も走っていました。

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しかしこの日の貨物列車は運休も多くて、有名な田切の大カーブで待っていたら予定の時間になっても列車は来ない、回送を兼ねたお目当ての重連運転は普通に単機牽引、と少々消化不良の撮影でした。とは言いながらも飯田線のED62を撮影したのはこの1回限りでしたから、晩年とは言え貨物列車牽引の雄姿を目の当たりにできたのは幸いでした。

各貨物列車到着駅では専用入換機が使われていたそうです。

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撮影したのは七久保駅の1枚だけでした(汗)。

これで模型のロクニの話に繋げられれば良かったのでしょうが、そんな上手い話は見つかりませんので、とりあえず、ロクニの日に因んだ話はおしまいです。内容は無いよう。(^^;

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Comments

飯田線のED62が短い貨物を牽引して働く姿は、撮影していると癒される光景でしたね(遠い目)

Posted by: ム | 2020.06.03 00:58

ㇺさん、こんばんは。
恥ずかしながら、実車を見た時の記憶は既にありません(^^;けれど、Youtubeなどの動画を見ていると、ED62の牽くJR飯田線の貨物列車なら省スペースのレイアウトで再現できそうと夢が膨らみます。

Posted by: みのる | 2020.06.03 20:23

かなり怪しいですが、ちゃんと生きています~

この時期のシーンは、見たとは思うけど、ちゃんと写真に残せたかどうか、甚だ自信が無い時代ですね・・・ 仕事が忙しくなって、整理がままならなくなり・・・しかも、デジタル化も終わって居ない・・・ 最悪の時代です。東海道では、EF58が無くなり、就職したりで撮影がおろそかになった時期でしょうか???  横軽のイメージだったので、近くで見れて、大変うれしかった記憶があります。

Posted by: 廣瀬 | 2020.06.04 03:22

廣瀬さん、こんばんは。
生存報告?も大切な更新の1つです。(^^;
EF62は1984年6月の撮影です。東海道からEF58が無くなって3ヶ月後でしょうか。とは言え東海道のEF62を撮ったのは数コマしかありません(汗)。惜しい事をしました。

Posted by: みのる | 2020.06.04 21:32

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