« 1月の模型報告 | Main | 磐越西線の想い出 »

2015.02.02

S59-2ダイヤ改正

編集長敬白に拠るとEF55が博物館入りになるそうです。

蒸気機関車以外の車両の常で、解体されたり輪切りにされたら一気に脱力してしまったところですが、幸いにして、そのまま保存されるようです。1986ef55記事に拠れば奇跡の復活運転は昭和61年(1986年)だったそうで、既に撮り鉄は休止状態だったにも関わらず、珍しくリバーサルを入れて撮影したのを昨日のように想い出します。何しろ久々の撮影だったので露出補正を正反対に設定してしまって、真っ黒けのポジ(←)になってしまったので、余計に想い出深いです!!! 

19861005ef55a19861005ef55b19861005ef55c

↑コンパクトカメラで撮影した一連のプリントも残っています。
最初は3軸ボギーのスエは編成に入っていなかったようです。この場所は今でも撮影している定番の場所で、今でこそ珍しい列車が走ると沿線にマニアが並びますけれど、19941010ef55この頃は誰も居ない!?のか数人しか居ないのか?同業者の姿は写っていません(驚)。
コレ以降もEF55は頻繁に運転されていたはずですけれど、既に土日祝日は普通に仕事でしたから、撮影をする機会を逃したまま最終日を迎えました。前の職場を辞めた年に一度だけ大宮工場開放イベント(→)へ出かけて撮ったのが唯一かもしれません(懐)。これからは鉄道博物館へ行けば、いつでも見られるようになるのでしょうか?何時の間にか“写真パネル展示だけ”にならないように願うばかりです。

さて珊瑚模型店で地獄パーツ!?を買ったついでに本屋へ寄りまして、

Img_3371『59-2ダイヤ改正 国鉄貨物列車大変革期』(イカロス出版)を買ってきました。

S59-2改正(1984年2月)をリアルで経験した世代にとっては想い出深いものがあります。こちら方面では大宮の操車場が身近にありましたので、学校へ通う列車の中から日々の変化を目の当たりにしました。今にして思えば、少々恥ずかしくとも列車の窓から大宮操車場を撮っておけば、良い資料になったのかもしれませんけれど、それは無いものネダリです。(苦笑)

地方私鉄の貨物営業が軒並み無くなったのもこの改正からでした。以前まとめた別府鉄道の廃止原因もこれでしたね。
1984年。じつに30年前です(激驚)。
黒い2軸貨車ゾロゾロ、混成貨車ゾロゾロ、の現役姿をご存知の方もオッサン・オジサン・オジイチャンですよっ。
車両だけではなくて、各駅に貨物ホームがある風景も過去の話です。
あの当時は、貨物列車を精力的に撮りませんでした。駅構内の貨物施設も撮りませんでした。まさか無くなるなんて思いもしませんでした。記憶の片隅に残っているだけです・・・。

だからこそ、今!模型で再現!  ←コレばっかり

|

« 1月の模型報告 | Main | 磐越西線の想い出 »

Comments

EF55もついに博物館・・・
そういえば、EF5861はどうなったんだろう?と思いつつ、しっかりと保存してもらいたいものです(遠い目)

Posted by: ム | 2015.02.03 06:33

ムさん、こんばんは。
EF58-61は保管されているはずなので、いつの日にか鉄道博物館入りして大切に保存して欲しいですね。

Posted by: みのる | 2015.02.03 17:48

最近はちょっと古い時代好きをターゲットにしたムック本が沢山出るので、全部は買えません(泣;)でもこれはよさげですね、早速チェックしなくちゃ。
さて、遅ればせながら、弊ブログに「35年前の磐越西線旧客の思い出」として「想い出の編成2」に関する記事をUPしました。驚くべき事実と次なる疑問が・・・

Posted by: 廣瀬 | 2015.02.07 05:54

廣瀬さん、こんにちは。
この貨車の本は筆者名で買いました(笑)。概略を掴むには面白かったです。最近は、オヤジ狙いの本が続々と出版されていて、まるで“オヤジホイホイ”のようです。
本だけではなくてKATOの飯田線シリーズとか!?(^^; ←誘惑に負けない?

ところで磐越西線の客車ですが、前の日でしたか~(驚)。
自分は部の合宿で、猪苗代に行きまして、翌朝に先輩と一緒に、621レ~622レ~244レで会津若松に戻って機関区を見学しました。該当の列車は244レで喜多方発会津若松行きの客車でした。
わざわざ回送させたのでしょうか?不思議です~(悩)

Posted by: みのる | 2015.02.07 14:22

なるほど・・・
もしかしたら、621レも同一車輌では? その4輌+日中線直通車輌の6輌編成だったとか? 運用表が欲しいな~ 時刻表を眺めている限りでは、4輌の仙コリ編成が2本駐泊してそうなので、あの4輌が会津若松で一夜を過ごすところまでは確実かと思います。 しかし、JRRの編成表では621レは付属編成2輌、244レは基本の4輌だけになっている・・・まあ間違いも多い本なので確証は無いです。621レと244レは何輌でしたか? 6輌と4輌なら氷解です(笑)

ところで、私は1978年の8月に猪苗代で合宿でした。でもその時は、地方私鉄重視の旅行で、旧客はあまり撮っていません(汗;)

Posted by: 廣瀬 | 2015.02.07 17:15

廣瀬さん、こんばんは。
う~ん?会津若松~喜多方で回送客車を連結していたかどうかは全く覚えていません。(^^;
喜多方駅で撮影した621レはDE10+客車2両でした。
或いは、前日の運用で喜多方切り落としの車両があったのかもしれませんね。これは時刻表には載りませんので。

Posted by: みのる | 2015.02.07 23:57

会津若松→野沢行き223レを時刻表からダイヤに転記する際に見逃していました! 前のコメントは誤りです。こんな区間運転が有るとは思っていなかったので見逃しました。通学列車だったのかもしれませんね。なんせ喜多方~野沢間は「休日運休!」ですものね。

弊ブログに自己コメントしましたが、私の撮影した225レの4輌は翌日の223レになるのですね! みのるさんが621レ~622レに乗車されている間に喜多方にやってくるのですね。

Posted by: 廣瀬 | 2015.02.08 02:33

廣瀬さん、こんにちは。
疑問氷解!(^^)おめでとうございます。
244レは夏休み中でしたので全く混雑していませんでしたが、時間から考えれば通学列車でしょうね。
気動車なら分割・併合・区間折り返し、はお手のものながら、客車でこのパターンがあるとは思いませんでした。日中線のDLを機関区へ返すスジの有効利用でしょうか。思わず感心してしまいました。

Posted by: みのる | 2015.02.08 14:03

The comments to this entry are closed.

« 1月の模型報告 | Main | 磐越西線の想い出 »