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2013.02.08

1982年の山陰

天賞堂ブラスベーシックのEF55キットが発売になったそうです。去年の模型ショウで発表されて以来、気にはなっていたのですが、以前(去年?一昨年?)出たEF13凸キットの値段を考え合わせ、下手するとキットで10万超えるのではないか?との予感がありましたので予約購入は控えていました。案の定、う~ん・・・。それに買っても組めないかなぁ。中古委託のEF55を探すとしましょう

198203261024さて、突然ですが、以前少々書いた普通夜行列車「山陰」絡みの話を、改めて書き記しておきたいと思います。
まさに影響明白であります(謎)。
ココを読んでいる方ならば、当時、寝台車を連結していた普通列車には、からまつ・はやたま・山陰・ながさき、との名前がついていた事を書く必要は無いと思います(笑)。
1982年3月26日(春休み)。乗車したのは京都発出雲市行きの列車です。

髪が長い!(苦笑)。だいたい青春真っ盛りの高2だよ!?何このダサさ!(超驚)。まぁそれは良いとしまして・・・、編成を記しておきましょう。
198203272003出雲市側より、
牽引機はDD51 1120[米]
マニ36 2205
スユニ50 2041
オハネフ12 14[以下米イモ]
スハフ42 100
スハ43 211
198203261025スハ42 57
スハ43 159
スハ43 158
スハフ42 313

メモに拠れば、寝台はほぼ埋まっているようで、意外に乗車率は高かったようです。10系寝台車に乗車したのはこの時が最初で最後でして、押さえたのは3段寝台の下段ながら、上段に乗る予定のどこかのオバちゃんが、ハシゴが怖いと言い出しまして、交代して上段に寝ました(笑)。確かにハシゴからベットに飛び移るのが怖かった事や、ベットの目の前にクーラーキセが大きく張り出していて物珍しかった事、窓には網戸が嵌っていて不思議に感じた事、などメモと写真を見ていると次々と想い出します。「山陰はスチームがよく効いていて、床下から蒸気が漏れている。何とも言いようの無い夜汽車の気分」と感想が書いてありました。

198203272001198203272041

19820327203719820327c007
翌朝は6時30分に起床したようで、赤崎で寝台特急出雲に抜かされたり、大山口であさしおと交換したり、または米子で初めて181系やくもを見たり、或いは安来で試運転の381系と交換したり、とあまり退屈した記憶はありません。松江で撮った写真を見ると牽引機がDD51 1118に変わっていますが、どこかで機関車交換をしたのでしょうか?米子かな?
京都発22:04、出雲市着9:48、凡そ12時間の乗車でした。

この後、周遊券を活用して特急列車を駅や沿線で撮影をして、と書くと聞こえは良いですが、ご覧になってお判りの通り碌な写真を撮っていません(泣)。それでも「はまかぜ」を撮っていれば、山陰特急ほぼパーフェクト!?
198203272034198203272016198203272042

1982032720281982032720271982032720024

19820327c01019820327c011198203272021

宍道湖が見える場所へわざわざ行ってもフレーム内に宍道湖が入らなかったし(苦笑)。単なる駅撮りばかりだし(苦笑)。何しろ特急以外は見向きもしなかったので、普通の気動車や客車列車も貨物列車も一畑電鉄さえも撮らなかったのは痛恨の極みですなぁ・・・

痛恨の極みといえば、この1枚!これは前日に豊橋駅発車間際に撮影したボケボケの写真です。遠めにスカ色の電車が見えたので、貴重なカラーフィルムながら慌ててシャッターを切りました。
19820326c006クモニ83-100・クハユニ56かクモニ13か何れにしても旧型電車ですね
なぜ降りてでも撮らなかったのか?
今は後悔するばかりですが、まぁ当時は旧型国電にさほど興味を持たなかったので、その少し前に撮った80系だけで満足してしまったのが最大の原因でした(とっくの昔に廃車になった流電だと思ってシャッターを押した記憶も:爆)。確か大阪駅でブルトレを撮りたかった(結果:ストロボ忘れて撮れなかった)ので先を急いだのですよねぇ・・・。ここで、飯田線の旧国に嵌っていたら、たぶん今の自分は無かったでしょう(遠い目)。果たしてどっちが良かったのか?

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Comments

みのるさん>

私はオハネフ12自体の写真が有りません・・・。
なぜ撮影しなかったのでしょうね(謎)。

Posted by: たかはし おさむ | 2013.02.09 07:52

夜行列車がある時代が、鉄にとっては楽しい時代だったかなぁ(遠い目)

Posted by: | 2013.02.09 09:14

こんにちは。

>たかはしおさむさん
便乗しました(^^)/
自分の場合は列車を撮る意識はあったものの、機関車を除けば車両単体を撮る意識は無かったので、10系寝台を始め特に客貨車は何も撮影しませんでした・・・(残念)。サボを撮った程度?でしょうか(^^;

>ムさん
今は無い車両を見る事が出来て楽しかったのは間違いないでしょう(笑)。特にブルトレではない夜行客車列車は「夜汽車」って感じでしたよねぇ~。今はブルトレさえ絶滅危惧種ですから時代は変わりました(苦笑)。

Posted by: みのる | 2013.02.09 13:26

天王寺から和歌山行きの最終電車に乗るとき、紀勢線のホームに「はやたま」が入線していたのを覚えています。客車列車というのは、なぜか子供心にも旅情を感じさせるものでしたね。

Posted by: やまぎし | 2013.02.09 13:26

やまぎしさん、こんにちは。
同時(@@;/(笑)

普段は電車ばかり見慣れていたので、電車=日常、客車=非日常、と客車列車には「特別」な印象を受けました。
「はやたま」も懐かしいです。寝台車に乗らなかったのは返す返すも残念です(^^;。

Posted by: みのる | 2013.02.09 13:45

こんにちは。普通列車の寝台に愛称がついたのは、寝台券をマルスで発券するためでしたよね。それまでは列車番号だけの寝台券を手作業で発行していました。「ながさき」になる前の1420列車のオハネ12に二度乗ってます。
編成メモしたけど写真撮ってないです。(汗)

Posted by: ヤマ | 2013.02.09 14:32

ヤマさん、初めましてこんにちは。

>マルスで発券
そうです。愛称をつけたのは寝台券を発券する為でした(・・・と何かで読みました)。(^^;
“ながさき”はオハネ12だったのですね!?北の“からまつ”と共に乗る事は叶いませんでした。編成メモは貴重と思います~。

Posted by: みのる | 2013.02.09 16:26

やっぱり旅は客車ですよね~

写真は、当時できる限り撮ったつもりでしたが、まだまだでした・・・ みのるさんの乗車記録の車輌も撮っているかも知れませんが未整理です。学生時代は、大阪在住だったので案外山陰線は手薄でした。北海道や東北の方が撮影した車輌の数が多いのは今となっては皮肉なモノです。
 なおスハ4257はノーブルジョーカーの分類表に知人の写真を提供しています(笑)もし、編成を作られるなら写真を探しましょうか?

Posted by: 廣瀬 | 2013.02.09 22:16

廣瀬さん、こんばんは。
>やっぱり旅は客車ですよね~
ですねー(^^)/
そのうち廣瀬さんの客車アーカイブスを出版しましょう!(笑)。
さすがに「山陰」模型化の予定は今のところありませんが、何か客車を作る機会がありましたら泣きつきますので宜しくお願いいたします。

ノーブルジョーカーさんも併せて拝見しました。単純に「スハ42は電暖車しか居ない」と長らく思い込んでいましたので、この編成表も当初はスハ43の書き間違いだとばかり思っていました(汗)。オハネフ12に横軽マーク?が付いていた事も、上の写真をUPして初めて気がつきました(笑)。客車は奥が深い(深すぎ!?)です~。

Posted by: みのる | 2013.02.09 22:42

なつかしいです!
と書きつつ、じつは今もこのままなリアル世界なのでは・・・とも(思いたい!?)
京都発と天王寺発の客車夜行は大好きでした!が、座席にしか乗ったこと無しで、
(その前に寝台車って583しか経験無し・・・)
ああ、これこそが夜汽車って感じだなあ・・・なんて黄昏きどってた恥ずかしい自分を思い出しました〜。
シーンとした夜の駅に響く出発時の衝撃音(深夜の汽笛は鳴らさなかったような記憶)。
モーター音などは無く、窓の外はたまに見える外灯。そしてゆったりとしたジョイント音・・・。
なんだか宮澤賢治の世界な話になってしまいました・・・・

Posted by: kondoura | 2013.02.09 22:53

久々に多くのコメントを戴いて驚いています(笑)。
当分、模型の製作話は止めて、次回は「はやたま」の想い出話でも書こうかしらん?(^^;←調子に乗っている

>kondouraさん、こんばんは。
夜汽車の感想ですね~。詩人ですね~。
自分も乗車したのはほとんど座席車ばかりでした。それも時代的に12系や14系の割合の方が多かったです(趣き無し:苦笑)。それでも夜行の客車列車は想い出が尽きませんよね。
あの10系寝台車の「入り口上の行灯」を撮らなかったのが今でも悔やまれます・・・(遠い目)。

Posted by: みのる | 2013.02.09 23:37

みのるさん
スハフ42313の写真も出てきましたが・・・
やっぱり「山陰」は作りませんか(笑)

kondouraさん
今でも、耳に焼き付いていますね~
少し雪を噛んだブレーキシューの音が・・・

速度が段々落ちていって、最後にコーッと云う音を残して、あたりは静まりかえる。窓のそとは雪、山中の駅では駅名標も雪に埋もれて見えない。時計を見ると1時を過ぎたところだ、乗り換えの長万部まではまだ少し時間が有る・・・

そう言えば、いつの頃からか、深夜の汽笛は鳴らさなくなったのですね。出発合図は、列車無線でやるようになったので、苦情の多い深夜の汽笛は止めた、と聞いたのはいつの事だったのか。やっぱり、汽笛は欲しいですね。

Posted by: 廣瀬 | 2013.02.10 04:12

みのるさん、こんにちは。
はやたまに乗られたのは、
座席車も12系に置き換わる前ですか?
思い出話、ぜひお願いします!

Posted by: やまぎし | 2013.02.10 12:03

こんばんは。
そー言えば客車はギシギシ走って、止まる前にもギギギィ~・ガゴッ、と鳴っていた記憶もかすかに残っています(^^;←詩的要素なし

>廣瀬さん、
廣瀬さんも詩人ですね~。
うっ、山陰・・・作ろうかな?(笑)。個人的にはDD54やDF50が活躍していた頃の山陰本線が好みかも(^^)

>やまぎしさん、
はやたまは旧型客車の頃です。でも天王寺~新宮の寝台車連結区間の「座席車」しか乗らなかったので、話としてはつまらないかもしれません。ご期待ください(苦笑)
客車が12系化された頃もはやたまは走っていたのでしょうか?(知識無し)

Posted by: みのる | 2013.02.10 20:39

みのるさん、こんばんは。
ぜひぜひ、お願いします。
ご存知かもしれないですが、12系のはやたまの編成例がありました。
http://blog.goo.ne.jp/torinosanpo/e/359d1ea9a1853bbf9a7a1a298e89a913

これもご存知かもしれませんが、ノーブルジョーカーさんのサイトには、
まだ愛称がない時代のED60、スヌ31、スハネ30という編成の写真が載っていて、
非常に萌えます。

Posted by: やまぎし | 2013.02.10 22:49

やまぎしさん、こんばんは。
ありがとうございます。さっそく拝見しました(^^)

12系化後は愛称が無くなった(寝台車なし)だけで、夜行列車としては続いていたのですね。私は1984年を境に徐々に実車趣味から離れてしまったので、その辺の事情は知りませんでした(苦笑)。
EF60の牽く12系普通列車も見たかったなぁ。

ED60+スヌ+スハネ30も好いですね~。こんな編成があったとは!!!(@@;
はやたま、近々まとめます。

Posted by: みのる | 2013.02.10 23:53

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