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2012.02.19

或る車庫跡

気がつけば2月も下旬になりつつありますが、気持ちの上で余裕が無くて、模型が全然進みません(言い訳)。そんな時は気ままにレイアウト案を落書きするに限ります。今回ご紹介?するのは“戻れない道計画”ではなくて、中小私鉄の機関庫や車庫があるセクションです。

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あくまでもフリーハンドで、台枠に対して線路は平行に、しかもスペースを最大限に利用して線路を押し込むと、どうしてもこんな感じになってしまうでしょうか?詰所を置きたかったので、奥の線路は曲げて配置しましたが、無理やり感が強いかもしれませんし、模型的ご都合主義にも見えるかもしれません(汗)。
いきなりですが問題です。

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左の写真は、或る車庫跡を撮影しています。そのまま振り返ると右の写真の風景です。さて、ここは何処でしょうか?

198710038017答えは
“羽後交通横荘線の横手機関区”跡でした。訪問日は今から25年前の1987年10月ですから、廃止後16年経った当時の姿です。

と言う事で「模型のような・・・」第3弾です。じつは最初に載せたレイアウトセクションのプランは、この横荘線の横手機関区の線路配置をほぼ真似て4番ポイントで描いたものでして、プラン図の落書き云々は単なる前フリでした(爆)。それでもセクションを描く時、どうしても細長いスペースに線路を押し込めたくなるのは当然の心理です。オリジナルで設計するにしても様々な実例を知っていると、それだけリアルに作るヒントにもなるのではないか?ってのが今回の趣旨です(^^;。

198710038018この写真を最初に出せば、地方私鉄マニアにはピンと来たでしょう。給炭台があった辺りに建っていた特徴的な屋根付き建物は当然ながら雪対策でしょうが、何を守る為の対策なのか?周辺の実地調査(&撮影)をしなかったので、今となっては判りません。全て遅すぎる・・・(遠い目)。その後ろに建っている車庫では、訪問時にはバス停の修理?をしていましたので、もしかしたら鉄道時代は修理工場だったのかもしれません。・・・作業の邪魔になってしまうので中は見ていません・・・

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1987100380213面だけぐるっと巡っています。見え難いですが、正面の扉は3線ながら、実際には4線分の間口があります。最初に載せた車庫は2線ですので、倍の大きさでしょうか。
2線の車庫と、この3線(4線分)の車庫と、かなり離れているものの向かい合うように建っていまして、片方が駐泊所で片方が修理工場なのか、或いは片方が気動車庫で、片方が機関車庫なのか、はっきりと用途が記載されている資料は見当たりません。構内は広々として、プラン図に描いたようなせせこましい感じは微塵もありませんね(苦笑)

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車庫に気を取られていた所為で、残っていた詰所関係の写真を撮りはぐりました
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左は裏側からの遠望です(判らないかも:汗)。広い構内に、大きな詰所(事務所?)が何棟も建っていました。う~ん、模型の参考資料としては、少々取材不足に思えます・・・。あまりに参考にならないかもしれませんねぇ。
大山鳴動してねずみ一匹

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Comments

う~ん、何かのマークが付いているような?
井笠かな??

私は遠回りしつつダージリン風レイアウトが進行中。
ふと気が付くと、またしても草軽風レイアウトが止まってるのに、誰か気が付いたかな?
え?もうすっかり忘れられてるかも(ラッキー!(違うって))

Posted by: | 2012.02.19 19:40

ごぶさたしています。
屋根に落雪防止らしき造作?が見えるので
北の方で国鉄と接続していた場所のようですが・・・。
有蓋貨車の残骸も見えますね。
もう少しヒントがあれば・・・。

Posted by: やまぎし | 2012.02.19 20:06

1/87の下電に突入。
この写真は、井笠や下津井ではありませんね。どこでしょう?

Posted by: 美男(備南鉄道) | 2012.02.19 21:32

ムさん、やまぎしさん、美男(備南鉄道)さん、こんばんは。コメントをありがとうございます(^^;。答えは鋭意編集中です

ヒント:東日本のサブロク私鉄で、昭和40年代に廃止になっています。遠くに見えるの国鉄駅は特急も急行も停車しました(過去形)。
因みに、この写真の撮影は1987年です

>ムさん
残念でした。この看板は社紋ではなくて番線の表示でした(^^;。草軽のレイアウトは覚えています!でも私も止まっているのでツッコム事ができません(汗)。

>やまぎしさん
おぉ!さすがの推理ですね(^^)。かなり近くまで答えを引き寄せています。ここは雪がたくさん積る地域です。

>美男(備南鉄道)さん、
東日本のサブロク私鉄です。

Posted by: みのる | 2012.02.19 22:31

羽後交通は雪国だけあって、整備・保管は屋外では困難なのか、鉄道規模に比して、庫は大きいのですね。参考になります(笑)
いやー本当に「設備関連資料」は少ないですね。
RMライブラリNo.61、レイルNo.14でも、端っこに写っているだけですものね。廃止後とは言え、撮影しておくと役立ちそうですね。

Posted by: 廣瀬 | 2012.02.20 01:43

なるほど〜!!抜けておりました〜〜〜!
庄内交通?。。。、でも車庫方向が逆だし・・・なんて!
バッチリ資料写真!で保存させていただきました〜!

Posted by: kondoura | 2012.02.20 17:33

廣瀬さん、kondouraさん、こんばんは。コメントをありがとうございます。当時のフィルムは貴重品!?とは言え、もう少しシャッターを押すべきでした(汗)。

>廣瀬さん
遺構も次々と消え去りますので、廃止後と言えども撮影しておくと何かの足しになるかもしれませんよね(^^;。それにしても、この機関庫は長さ気動車1両分強の割りにデカイ印象です(笑)。

>kondouraさん、
横荘線はマイナーですから(爆)。
当時、庄内交通(鶴岡)も山形交通(高畠)も、車庫は消え去っていました。非電化の車庫なので、下北南部には使えないかもしれませんが、何かの参考になれば幸いです。
黒石はドンドン発展(深みへ?)していますね。祭が楽しみです!

Posted by: みのる | 2012.02.20 21:30

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