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2011.08.03

10年目の宿題:2

同タイトルで書いたのはほぼ1ヶ月前ですが、具体的にお見せできるような進展は何もありません(^^;。”散々吼えていてお前それかよっ”との批判は甘んじて受けたいと思います。

例年に比べると涼しい日が続いていて、身体が楽です(^^)。ただ、この先の反動?を考えると心配です(苦笑)。先日来、先の『レイルNo.79』(以下、レイルと略)や『私が見た特殊狭軌鉄道』(以下、特殊狭軌と略)を読んでいると、今まで知らなかった事がたくさん解ってきました。

00117761つは、ナンバーです。
今まで、簡易軌道では幌延町営軌道の機関車を除いて、ナンバーは振られていないと思っていましたが、『レイル』の大きな写真を見てみると、浜中町営軌道では、自走客車にも機関車にも、しっかりナンバリングされている事が解りました
いやぁ大発見です!
改めて『軽便探訪』と『簡易軌道写真帖』に載っている写真を確認しましたら、あらら、ナンバリングされています。単に写真が小さかったので、気がつきませんでした・・・汗。
思い込みって・・・怖い

もしも、浜中町営軌道に足を運んだ方がいらっしゃいましたら、お手持ちのお写真をご確認ください(^^)。機関車と晩年に2灯追加改造された自走客車を除けば、ナンバーが付いていると思われます。特に赤とクリームで塗り分けられた、泰和S40と運輸工業S35の2両はナンバーが付いている確立が高いと思います。

もう1つは、鶴居村営軌道の新富士駅が変化している事を確認できました。
0011793今まで『簡易軌道見聞録』でしか新富士駅構内の詳しい様子は知りませんでした。ある時駅舎(待合室兼軌道事務所)とホームの位置が違っている写真をみまして、それ以来の懸案事項でした。文章として、その事は知っていましたが、今回『特殊狭軌』を読みまして、構内配線略図と写真で確認できたのは初めてです
大発見です!
因みに既にご存知の方も多いと思いますが、Web夢遊生活の日々さまに載っている鶴居村営軌道の写真は、まったく同じ日に撮影なされたものです。同じく興味深い写真が満載です

Dscn4394007119確認できた訳ではありませんが、『特殊狭軌』を読むと、浜中町営軌道の茶内駅脇にある雪印乳業への引込み線も、今まで知っていた駅構内から引き込まれる配線ではなく、車庫側から引き込まれていた(らしい)事が載っていました。『レイル』の写真では明らかに工場の建物が違っているのも解りました。『探訪』の構内配線略図をみると、車庫の手前に脱線ポイントのようなモノが描かれています。もしかしたら、これが旧引込み線のポイント(の跡?)かもしれません。この部分を写したズバリの写真が見当たりませんので、想像で止まっています。

残るは鶴居村営軌道の酒井製ロータリーの写真でしょうか?
『鉄道ピクトリアルNo.470』と『若き血に燃ゆるもの2』にチョコッと載った小さな写真しか知りませんので、全貌を知りたいです。

やっぱり買って正解でした、この2冊。
写真ばかりを並べる本も多い中、構内配線略図も収録された『特殊狭軌』は自分にとって最高に1冊になります。また『レイル』のような、大きな写真で載せて貰えると得られる情報量も大きくて助かります。こっちは保存車のキャプションで泰和と運輸工業を取り違えて書かれているのは唯一の難点かな<『レイル』

※写真は本文と関係はありません

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Comments

みのるさんのレイアウト、楽しみだなぁ(遠い目)
しかし、自分のレイアウトはどうなったんだぁ=>自分(強烈に遠い目)

特殊軌道の本、もう入荷したかな?
受け取りに行かないと。

ところで、みのるさんのブログの画像、これって実物?それともレイアウト??
あの建物から出ているエントツがすごい存在感ですね。
これをみのるさんがどう表現するのか?すごく楽しみです(とボディブロー連打(笑))

Posted by: ム | 2011.08.04 06:51

ムさん、こんにちは。
この写真は以前作ったレイアウトです(^^)
煙突はプラパイプを利用しました。

特殊狭軌の本は好いですよ。花巻も仙北も沼尻も出ていまして、とても楽しめます。

Posted by: みのる | 2011.08.04 12:45

こんばんわ。

地面とセットで集中的に作り込める。
これがナローの醍醐味の一つなんですねぇ。
何となく分かったような。(^^)
え?違うって?

Posted by: ほお次郎 | 2011.08.04 20:23

ほお次郎さん、こんばんは。
スケールジャンル問わず地面と車両は一体であるべきだとの持論なのですけど、実際にはなかなかそうはいかないです(^^;。
ナロージャンルは地面も車両も作る方は多いですね。もちろん車両だけの方も居ます。ガチガチのスケールモデルばかりでは無いので、敷居は低いと思います(笑)。

Posted by: みのる | 2011.08.04 23:19

画像を確かめたら、たしかに西円線の車両には「No6」と書かれていました。他の自走客車と機関車には、私の訪問時には書いていなかったようです。

「特殊狭軌」ですが、森林鉄道ファンにはお勧めです。仁別と長木沢の写真がまとまって公開されているのですから。
秋田営林局管内は、たくさん森林鉄道があったのに、廃止に際して局としても、各営林署としても、資料をまとめたものがほとんどないみたいなんです。私の知る範囲では、杉沢の廃止記念パンフレット(三つ折の小さいもの)だけかも。
あ、もちろん簡易軌道のファンにもお勧め。

それにしても、みのるさんのレイアウトの写真、実物か?と一瞬思ってしまいますねえ。 

Posted by: かたおか | 2011.08.08 02:19

かたおかさん、こんばんは。
>たしかに西円線の車両には「No6」と書かれていました
やはり付いていましたか!?(^^)
No.6は運輸工業(後に保存されて解体)の2色塗りタイプですよね。『レイル』では、ナンバーがはっきりと写っているのはS42の写真だけで、S46時点ではナンバーが書いてあるらしい雰囲気だけしか読み取れなかったので、たいへん助かりました。
これではっきりとナンバーが残っていた事が解りました。ありがとうございます。

>特殊狭軌の本
秋田林鉄のまとまった写真はこの本で始めてみました。あとは昔の鉄道ファンの記事くらい?しか記憶にありません(^^;。編集長敬白での「仁別森林博物館(下)」の中で、未発表資料テンコ盛りの企画展が開催中だそうです。行ってみたいけれど、公共交通機関が無いそうですので、気軽に行くのは無理みたいです(苦笑)。
http://rail.hobidas.com/blog/natori/archives/2011/08/post_173.html

Posted by: みのる | 2011.08.08 20:18

こんにちは。はじめまして。
簡易軌道回顧録のカラカワと申します。
なんだか変な自己紹介ですけども…。

検索で偶然こちらのブログを発見したのですが、ココのお写真は模型?ですよね?

まるで本物のようで凄くびっくりしました!

北海道の景色、といいますか、建物や風景とか、自然の様子というのは、本州以南と違って独特ですので、なかなかレイアウトで再現するのもコツがいるのですが、この自然さには驚きまして、ちょっと感動のあまり書き込んでしまいました。茶内はもうずいぶん行っていません。親戚は住んでいるのですが。ですが、ちょうど7月の終わりに釧路に帰郷いたしまして、それで少し郷愁に浸っていたところではあります。そんな中、思わぬ発見に嬉しく思います。

玉電もされてるんですね!いいですよね。全線再現とか出来ればいいですね。僕は東京は狛江に居ましたので、砧本村が近かったです。是非そちらもお願いしたいところです。笑。

またいいものを見せていただければうれしいです。

Posted by: カラカワです | 2011.08.23 20:32

カラカワさん、初めまして。
と言うよりも、私は数年前から存じ上げておりました(^^)。Youtube簡易軌道の動画は大変参考になりまして、あの動画がUPされたお陰で、写真に載せた模型を作ることが出来ました。書き込みをありがとうございます。実景をご存知の方に喜んでいただけると、模型を作った側としても、とても励みになります。

玉電に関しては熱烈なファンの友人に誘われてプロジェクトに参加しただけの話なので、あまりご期待には添えないと思います。ごめんなさい(^^;

ところで、不躾な質問で申し訳ありませんが、中茶内の駅(兼住宅)ではライフラインはどうなっていたか、覚えていらっしゃいますか?
電気・ガス・水道・電話、の内、電気と電話は備わっていたと思いますが、街から離れていた場所での水道設備やガス設備(風呂や食事の煮炊き)は、どうなっていたのか?想像がつきません。

因みに私は埼玉県北ですが、昭和40年代後半まで、ガスはプロパン、風呂は薪、水は井戸水を使っていました(苦笑)

Posted by: みのる | 2011.08.23 22:02

お返事ありがとうございます。
すぐにコメント読んだのですが、なかなか実家のほうとも連絡取れませんで遅くなりまして申し訳ないです。

なるほど。ライフラインなのですが、僕が幼少時、通ってた際は、ガスはプロパンだった気がします。水道はやはり井戸でしたよ!今さっき電話で尋ねたのですが、家のすぐ歌の林に不快井戸があり、すごく美味しかったそうです。水道がいつ通ったのかは記憶にありません。僕が言ってたときは電気は既にありましたが、母の時代はランプだったとのことです。
また電話は、これは僕も記憶あるのですが、共同回線のようになっていまして、全家庭に手回しハンドルの付いた電話があって、全家庭でいっぺんにベルが鳴るのですよ。ただ、そのベルの家庭ごとの信号が決まっていて、(モールス信号のように)、この鳴り方は自分宛である、ということがそれぞれ判るようになっていました。
僕がわかるのはこれくらいです。
これらのエピソードは、まるで北米大陸の西部開拓を思わせますね。家の雰囲気も含め、海外の雰囲気が多分に反映されたつくりだと思っています。僕は東京時代、米軍基地廃墟が大好きだったのですが、米軍跡地の住居などは、この辺の酪農地帯の家の創りとどこか似ています。そんな雰囲気と、こちらのジオラマの雰囲気が上手くマッチして、本物らしいオーラを出してるんだと感じました。

またお返事遅くなるかもですが、疑問点ありましたら是非お尋ねください。私にとっても貴重な思い出ですし、その一部でもこうして再現いただけるのは大変嬉しく思います!

Posted by: カラカワです | 2011.09.14 13:02

カラカワさん、こんばんは。

ありがとうございます。わざわざご実家へも聞いていただき光栄です。電話のお話も興味深いです。
いままで推測に過ぎなかった部分がはっきりと解りまして、とても参考になります。
お手数をおかけ致しました。ぜひとも次作へ生かしたいと思います(^^)。重ねて御礼申し上げます。

>アメリカ西部開拓
まさに同じ雰囲気ですね。この独特の雰囲気が模型化を進める原動力になっているのかもしれません。
また宜しくお願いいたします。

Posted by: みのる | 2011.09.14 22:30

ありがとうございます。
読み返してみたら誤字だらけでお恥ずかしいですね。汗。
また楽しみにしています!

Posted by: カラカワです | 2011.09.15 14:19

カラカワさん、こんばんは。
わざわざ書き込みをありがとうございました(^^;。
たぶん模型を作り出すと、どーでも良いような細かい部分が解らなくなってきますので、懲りずにお付き合いくだされば嬉しいです。

Posted by: みのる | 2011.09.17 00:39

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