« オヤジの回顧 その1 | Main | 初めてのナローレイアウト »

2009.02.16

特急万歳!!!だった頃

皆様の話を読んで、今更ながらスゴイなぁと思う事は、最初に手がけた模型を残していらっしゃる事ですネ。
残念ながら、私は当時のモノは何も残してありません。引越した時に大部分を捨ててしまいましたので、お披露目できるのは本だけです(汗)。
0021100前回書いた1975年(昭和50年)は小学5年生でした。初めて買って貰った鉄道雑誌は『鉄道ファン』75-6月号で、当時大いに影響を受けた『鉄道ファン』各号と『特急列車快走』を並べてみました。この時から中学を卒業するまで(1975年~1979年)の5年間が「黎明期」でしょうね(^^;。趣味の根っこかもしれません。左下の「とき」の写真が載っている『鉄道ファン』76-1月号は表紙が無くなっています(笑)。撮りませんでしたが77-8月号の「上野駅特集」は、もう見るも無残にボロボロです

本がボロボロになるほど熱中した割には、当時撮影した写真は見るも無残です(苦笑)。悔しいですネ(^^;。DC181系つばさ、EC157系白根、はプリントさえも残っていない状態ですし、たぶん残っていた写真をお披露目しても「そこに何が写っているのか説明しないと、自分以外は判らない状態」と書けば、だいたい想像がつくと思います(爆)。つばさ51号にヘッドマークが付いていた時にも出くわしましたけど、あれは何だったのでしょうか?当然ながら写真は残っていません。上野駅14番線の端でストロボもフラッシュも無く、露出あわせも判らない状態では撮れませんって(悔)。

さて、我家は模型サイトですので、模型の話に移りましょうか。
このDC181系つばさを一緒に撮影していた友人達に連れられて、近所のおもちゃ屋ではなく、街で唯一の「模型屋」へ出かけ、薄暗いショーウインドウに飾られていた「小高のペーパーキットサロ111」を買ったのが最初でした。しかし、その時はまだ「鉄道模型を知らない頃」だった上に、一緒に行ったは良いが、自分1人だけお金が足り無くて「友人からお金を借りた上に、その場で一番安かった、何か判らない車両(サロ111)を買った」と言うだけの話でして、むしろ、仕方なく付き合いで借金をしてまで買わざるを得なかった、とても恥かしく、すごく情けない、負の印象しか残っていません

でも、そこで終わらずに「鉄道模型」に目覚めたのは、翌1976年の春休みに泊りがけで出かけた親戚の家で「つぼみのED17(だと思う)」を見せてもらった事に始まります。単なるお座敷運転だったのですけど、顔を床に擦りつけながら眺めていた記憶が鮮明に残っています。パワーパックはまだタップ式でした。メチャクチャ感激しましたねぇ。
トラウマ?の1年後に、自ら進んで街の模型屋へ再訪し手にしたのが、燦然と輝く赤と青のツートンの平たい箱!「小高のペーパーキット、モハ156」でした(^^;。いぇだって中間車しか売っていないんですよ、この模型屋。157系は白根を撮り(見に)に行ったので強い思い入れがありましたので。

(手元に大学卒業までに組み立てたペーパーキット添付図面が残っています。)
0021105最初に完成させた車両は、その小高のペーパーキット157系の7両編成です。こう書くとスゴイなぁと思うかもしれません(笑)が、手がけたのが1976年、全て完成させたのが1978年です。丸まる3年ひたすらこの157系7両編成だけを作っていました。地道ですよねぇ(^^;、「罪庫」なんて言葉は存在しない頃です。いま思えば、3年もの間を1つのアイテムだけで楽しめましたし、模型製作から走行調整までのイロハを体験できたのですから、良しとしましょう~。
始めのうちは、サフェーサーを塗る事も知らないので、プレスボードに直接プラモデル用の塗料を筆で塗りましたし、真鍮前面の組立は、ハンダ付けを知らなかったので、全てゴム系接着剤を使いましたし、モーター(DV18)とインサイドギアは1組しか買えませんでした。それでもヘッドライトやテールライトはセレンで切り換える点灯式、台車は小高純正品、カプラーはベーカータイプですネ。それらボディーキットを始めとした各種パーツは、小遣いが溜まるたびに、その模型屋やデパートの模型売り場で1つ1つ揃えました。また、当時唯一157系完成品を発売していた神田のカワイモデルまで足を延ばし「157系の純正部品(だと思っていた)」を買いました。
もちろん模型製作の教科書は『TMS』(初TMSは1976-5)です。

1977win1977年以降『鉄道ファン』と『TMS』は毎月欠かさず買うようになりました。
Nゲージを嗜む仲間はおりましたが、HO(敢えて当時の呼称を書きます)は皆無。唯一幼馴染のK君だけはHOでして、何と彼は「カツミの金属道床」を持っていたので、何かと理由をつけては完成半ばの157系を持って遊びに行きました。例え中途半端にしか完成させていない車両でも、走って火花を散らしても、あとで車輪が真っ黒に汚れて掃除が大変でも、走らせる事ができると楽しいですよね。オイルの焼ける芳しい臭いを嗅ぐと今でも想い出します。

実物の写真撮影は続けていました。しかし、フィルム代や現像代と模型のパーツ代の優先順位が変わる毎に、写真を撮る比重と模型を作る比重は、そのつど変わっていきました。撮影は半年に1回という長期スパンの上に、苦労した割にはブレボケばかりで碌な結果が残っていませんけど・・・(遠い目)。添付したのは1977年に友人と近所のIさんかSさんの畑脇にお邪魔して撮影した「恥かしい写真:爆」です。午前中だけでしたけど車両のバラエティーに富んでますよね。1978年は「S53.10月改正」があった年で、写真の比重が高く、模型はほとんど進んでいませんで、たまに買う(買ってもらう)本を読んで夢を膨らませていました。翌年1979年は高校受験ですから、少しだけ趣味はお休みです。、軽便との出会いもこの1977~1979の中学生だった時期からですが、模型を作ったのは高校に入学して以降の話です(^^;。
単なる想い出話でした(陳謝)。

|

« オヤジの回顧 その1 | Main | 初めてのナローレイアウト »

Comments

圧倒的な読み応えで興味深かったです。ペーパーキット事始め?は僕も似たような経緯でした。当時は部品が全然買えなくて。。。。

さいきんふと思うのは?
時間が無くて模型ができない時に「あれ作りたい!」と思っている時が一番幸せなんかなぁ????という事?
いざ時間ができると何もしない安楽モデラーな僕です。(^^;)

Posted by: ほお次郎 | 2009.02.17 00:57

初めまして!
懐かしくて思わずコメントしました。

私も近所のおもちゃ屋さん(昔は売っていましたね)で購入した小高の20系寝台車が工作への第1歩でした。
TMSの存在すら知らなかったもので、大和糊と絵の具で組んだ(ゴミ化した)覚えがあります。
その後もペーストを使ってピノチオのクモユに74を組んだり…。

皆さん似たよな経験をされているのですね。
当時を懐かしく思い出しました。

Posted by: genta-nozz | 2009.02.17 09:24

ほお次郎さん、こんばんは。
ホント、昔はパーツ1つ買うのもお金が無くて大変でした(^^;。今はキットを含めて或る程度は好き勝手に買えますけど、罪庫などと言っていては贅沢だなと反省しています(苦笑)。
>時間が無くて模型ができない時に「あれ作りたい!」と思っている時
私も同じです(笑)。時間があると出来ないですよね(爆)


genta-nozzさん、初めまして、こんばんは。
意外と最初は皆さん同じ事を為さっていたのかもしれません。
あの頃は小高のペーパーキットにお世話になりました(遠い目)。私もPC20系を作りました(^^)。白帯が上手く塗装できなくて、白いビニールテープを貼って表現していましたら、そのうち剥がれて糊がベタベタになりました(大汗)。初めてのハンダ付けも電気用の30W を使って、全くハンダが流れずにボデボテでした(^^;し、逆にホワイトメタルにハンダコテを当てて溶かしてしまって慌てた事もありました。失敗を重ねて身体で模型を覚えて行ったような気がします。

Posted by: みのる | 2009.02.17 20:04

こんばんわ~

ちょっと違うかもしれませんが、模型も身の丈に合ってないと辛いものがありますね。(苦笑)

話は戻って?カワイモデルの部品はいろいろ使いました。ポール、ビューゲル、ブリル台車。何とかお小遣いで買える値段だった記憶があります。今でもジャンクBOXの中には何点か入っています。使う機会は来るのだろうか?(笑)

Posted by: ほお次郎 | 2009.02.18 00:26

ほお次郎さん、こんばんは。
>身の丈にあった模型
初心だった時にはあれこれ手を広げずに進める方が、完成も早いし、飽きが来なくて良いのかもしれませんよね。
今現在に当てはめてみても、やっぱり同じかもしれませんよ(^^;。私も一時期NからOナローまで気の向くままに手を広げていましたが、ふと何も進んでいない事に気がつきまして、それ以降は1/80(16.5mm)と日本型ナロー9mm(1/80・1/87)に絞りました(笑)。それでも広いですけど・・・(爆)。

Posted by: みのる | 2009.02.18 19:55

こんばんわ。

半年以上も細かい工作をやっていないと腕が鈍りますね。。。改軌は大雑把(それでいいのか?(笑))な加工でしたが、屋根配管は案外面倒です。電車侮るなかれ!です~。(苦笑)Hoサイズの電車屋根配管は初めて
です。

いろいろ手を広げてみなと収束しない事も多いですね。何事も経験とお勉強でしょうか。(笑)勉強代って高いなぁと思うこのごろでもあります~

Posted by: ほお次郎 | 2009.02.19 00:34

ほお次郎さん、こんにちは。
>勉強代
振り返ってみると高くつきますよね(^^;。

>屋上配管
凝り出すと大変ですけど、手間を掛けただけの結果は残りますので、頑張ってください(^^)。

Posted by: みのる | 2009.02.19 14:02

The comments to this entry are closed.

« オヤジの回顧 その1 | Main | 初めてのナローレイアウト »